アラシバランス(その2)

嵐全般のこと

5分の3の離反。

で、ジジイが嵐ってグループにとって重要じゃったのは、5分の3が「やめるつもりだった」ってところじゃと思うんじゃな。

さらに言えば、じつはMJも辞めることを考えてたんじゃないか?と思うところがある。

裏方に興味を持つ、というのがのぉ、その予兆じゃよ。ふがふが。

ま、その件はいずれ語るところもあるじゃろうて、なんで5分の3が辞めるつもりだった、てのが外に出たんじゃろうかの。

ジャニーさんがそれほど期待してなかったのかもしれん。だから、情報統制に穴があったのかもしれん。なかなか火が付かなかったら、まぁ市場ニーズがなかった、と考えるのがビジネスマンじゃからの。

てか、ジャニーさんのせいじゃなかろう。5分の3のやる気が見えなかったんじゃろう。

これは商売の材料にならん。自分らが売れるつもりがなかった。売るつもりがなかった。そんなの、ビジネスする方にとってみれば「ふざけんな」以外の何物でもない。

とはいえ、本人たちの意思を差し置いてデビューさせたのもあって、どこかで若干手綱を緩めたのもあったのかもしれん。

結局、自然体が等身大だった。

ジジイなりに嵐を定義すると「(ジャニーズなのに)等身大のポップスター」かなー。

等身大と言えば、そもそもSMAPがそうなんじゃねーの?とか言われそうだが、彼らとの違いは「ダメを前に出せる」点じゃないかと思っておる。サトちゃん。ニノ。そんなダメキャラを肯定し面白がりつつ、翔ちゃんもあれだけのバックボーンをもっていながら、「なで肩」「迷彩=私服センスなし」みたいな『マイナスα』を顕在化させる。

前にも言ったかもしれんが、いわゆるキャラクターを設計する際、『マイナスα』を設定すると消費者との距離が近くなる、という話をしたっけかな。ドラえもんにおけるネズミ、みたいな。その意味では、嵐は突出したフロントマンの設計がない?というのもあり、MJがいちばん年下だってところがメリットでもあり、全員が「無理のない」アイドルなんじゃな。それはつまり等身大ってこと。

なんじゃが、だからといって近すぎないのは、各個人の活動の中で表現されておる。 そこが嵐というグループの深さを演出しておるんじゃろう。ニュースキャスターもこなす毛並みの良すぎる秀才。ダンスとボーカルには衆目も注目する釣り師。クリントくんほか日米の大御所劇作家に愛されるアクター。

どうする?わかりやすい記号が弱いぶん言い切れないけど、MJも輝くものをもっておるというのはジジイが再三指摘しているとおりじゃ。裏方的ではない部分でのことじゃ。相葉ちゃんにしたって安心感王といってもいい天性のベクトルがある。 ここからどう化けるかはわからんわい。

無理をしないことでキャラができる。

ジジイも、 たのきん時代からジャニーズのアイドルを横目で見てきたわけじゃが、正直ジャニタレは「友達になれない(いろんな意味でね♡)タレント」という位置づけじゃった。そこはSMAPが扉を開いてくれた部分もあるかもしれん。が、正直言って、ジジイの心のなかでも凸凹がありすぎたんじゃな。しかし、嵐は、いろんな角度で共感ができた。そこが新しかったんじゃよ。

そろそろキャラクターの持ち分というか、知的方面では翔ちゃん、アクター方面ではニノ…みたいな守備位置が固まりつつあるが、いやいや、まだまだ挑戦してほしいぞ、というのがある。MJには松田優作超えで日本のアクションスターのポジションがあるし、サトちゃんも松方弘樹超えのカジキを釣るとか、相葉ちゃんもジジイと飲みに行く…とか。いや、可能性が計り知れんのじゃよ。矮小化してすまぬ。

でも、思うのは、 ここで完成されたタレントでいてほしくはない、ってことじゃな。これからも、もっと新しい嵐であるじゃろう。そんな刺激をし合える5人組が、ジジイは好きなんじゃな。



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