サクラップにくるまれて

櫻井翔くんのこと

サクオ爆誕!

公園に散歩…いや缶チューハイ飲みにに行ってみたりした先週末。密!を気にするのが日常になりました。

ということで(かどうか知らんが)、翔ちゃんのVoyage公開された日、翔ちゃん餃子(生姜)喰いながら観たざっくりとした印象では

アラジイ
アラジイ

男の子だなぁ!

という感じで微笑ましかった。

トップアイドルとお友だちになったことがないので何とも言えないけど、面白かったのは

サクオ

とか呼ばれてたのが個人的にはよかったです。ああ、ふつーの人でもあるんだなー!ってね。

アイドル以前の翔ちゃん、ジャニーズ事務所向けに履歴書を書いた流れ、緑の封筒が届いた食卓、すべてがリアルにビシビシ伝わってきた。

ジジイも、そもそも翔ちゃん大大大大大スキだけど、等身大だなぁ…と思うと、なんか勝手に安心するからね。

ラップキャラ?と思ったが

ジジイはちょい昔の子なので、音楽の洗礼を受けがちな中高生のころ、残念ながらラップやヒップホップはなかった。

ん?いや、あったのかもしれないけど、存在は知らなかったし、ベストヒットUSAでも紹介されたことは、たぶん…なかった。

そして、最近まで、そのジャンルの音楽を積極的に聴こうとしたこともなかった。

いまもラップとヒップホップの違いがわからない。違うのか違わないのかもわからない。

そういう意味で、ラップをちゃんと聴いたのは、サクラップからだ。

てか、今後さらに横に興味を広げて…と思わないので、

アラジイ
アラジイ

フナに始まりフナに終わる!

的なことかもしれん。

サトぴょんにはわかるな?釣りのことわざじゃ。

うん。ま、つまり、正直、ラップやヒップホップというジャンル自体にあまり興味はないのです。

翔ちゃんがやってるから聴くのであって。

でも、へそピ期や3秒でキレるオトコ期をリアルタイムで知らないジジイとしては、最初ビミョーに違和感があった。

アラジイ
アラジイ

…キャラ違くね?

とか思ってた。

ジジイが沼を遠くに眺めはじめたころには、すでに端正で品がよいのが櫻井翔だった。そういう人物、という定義ができていた。

その翔ちゃんがラップという反体制の記号みたいなパートをやってるから、いわゆるギャップ萌えってやつ?という程度の認識だった。

いまではそれほどじゃないんだろうけど、ジジイがラップとかヒップホップとか耳にし始めたのは、「こんなクソみたいな社会にオレたちは迎合しないぜ!」と音楽とファッションでRUN DMCとかブラックカルチャーが仕掛けて、それをエミネムみたいな白人も追っかけて…くらいの超ざらついたイメージを薄っぺら〜く持っていた。

あ、だがしかし、いま思い出したけど、亡き某大御所落語家師匠のラップミニアルバムづくりに関わったことはあったな。大したことしてないけど一応クレジットに名前も載せてもらった。

それも、たしか、世に物申す、的な内容だったし(ちょっと忘れてる)。

まぁつまり、翔ちゃんがラップ、というのが、ジジイのアタマの中では当初うまく結びつかなかったのでしたYo-Yo!

そして『LUCKY MAN』の衝撃よ

そんなジジイも、2018年12月に参戦した「5×20」ツアーをきっかけにガラッと印象を変える。

まず演出&ビジュアル面から強烈な印象を得て、帰ってからヘビロテしているうちに楽曲としての素晴らしさに気づいた『LUCKY MAN』。コーフンしすぎて以前もブログに上げた。

あのリリックは翔ちゃんが書いたものじゃないみたいだけど、完全に「翔ちゃんのラップ」だよね。

そして他の曲でも翔ちゃんの手によるラップパートとか、よけいにじっくり聴くようになった。

なんつーか、ラップ特有の「破壊」の仕方に「品」があるんだよね。

その意味で、Voyageの中でm-floのVERBAL氏との対談は興味深かった。

コール&レスポンスはアイドルのコンサートにはなかった、とか。

ヒップホップカルチャーをお茶の間に届けた功労者、とか。

嵐になって2〜3年めくらいに、たまたまラップのパートを任されることになって

と言っていたが、基本的には嵐でいちばん声質が太いから…ということだったんじゃないか?と邪推するけど、たまたまの出会いが運命的だったりするのはドラマづくりの必勝パターンじゃん。

そして報道をやりながらラップもやるアイドルという二面性が新しい創造につながる。

創造とは新しい組み合わせに過ぎない

という格言?のとおりの存在が櫻井翔というヒトなんだ。

そして片方の車輪である報道を司る知性が「ことば」に関係しているのは非常に興味深い。

亡き某大御所落語家師匠も語ってたけど、

ラップも落語も話芸ということで共通している

そのうえで、韻を踏むとかもそうだけど、日本語の文脈を解体して再構築する、無意味の中に意味をつくっていく芸のように思える。

これってサザンの桑田佳祐氏に近いものを感じるんだよな。

翔ちゃんはこれからどこまで登っていくかわからないけど、音楽方面での才能をもっと評価しなくちゃね。

ゴールドメダリスト2人が言ってたじゃん。彼らだけじゃないよ。多くの芸術家だって言うんだよ。

 

おーい、ショウ子さん!正午のこと証拠残さんでお茶運んでYO!

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